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集団のチカラ

PA080128.jpg
えどっ子は多くの人が集まる場所を活動拠点においている事もあり
よく幼稚園等の集団の人たちを見かけることがあります。
うちの子供たちが絡んでいく事もチラホラ。。。
逆にカマドの火に興味を持つ幼稚園児たちもいたり。。。
まぁ、意図せず接近遭遇する事があるのですが。

いつも思う事は、
「幼稚園って大変だなぁ。。。」
なのです。

たいがいは
「あの人数の子ども達をあんな少ない人数の保護者でコントロールする!」
事の大変さを見てとっています。

先日も幼稚園の遠足?のような一団がやって来ました。
ただ、その後ろから親御さんらが、わんさかいていつもとちょっと違う感じ。
言っちゃあ悪いですが、まるで大名行列のようでした。

やってきた方々は、ただ歩いているだけです。
自分の子どもの写真を撮るだけです。
子どもと食事をするだけです。
何も特別な事などしてません。

でも感じるわけです。何かのチカラを。

多分、遠足?に参加されている方々が私の感じているチカラを知覚する事はないと思います。
だってなにもしていないのですから。

”集団”というのは存在するだけでチカラが生まれるのだなぁ。
と改めて感じました。

それはまぁいいのです。

問題は。
「そのチカラの恩恵を意識する事が出来ない。」
ということです。
PAP_0056.jpg

うちの子(2歳)が遊具のつり橋で遊んでいました。
幼稚園?の子も遊びはじめました。
3人、4人と増えていき、どんどん橋は揺れていきます。
あの、「橋の揺れ。」って子ども達のツボなんですよね。
味をしめた子どもたちはわざわざゆすり始めました。
。。。よろこぶうちの子(2歳)

さすがにやばいなぁ。と思いうちの子を退場させに橋に入っていきました。
その際に
「危ないぞ。」
と声を掛けながら、子ども達の頭に手を添えていきました。
そしてうちの子を取り上げて橋を下りていく時、子ども達の声が聞こえました。

「危ないって。」「危ないんだよ。」
といいながら橋を下りていき、登ってくる新たな子ども達に声を掛けていました。
え?!思わず振り返ってしまいました。
「そんなことぐらいでやめてしまうの?」「やりたくてやっていたんじゃないの?」

いいようにいえば「素直」ということかもしれません。
でも私には「無責任」にしか感じられませんでした。

自分の子どもの経験に照らし合わせてみると
「楽しい事=危ない事」
はセットです。多かれ少なかれスリルのあるなしが、楽しさの基準でした。

あの子達は何を基準にして橋をゆすっていたんだろうか?
あの子達は楽しさを奪われる事に未練はないんだろうか?

「いいのか?それで??」

。。。楽しくてやっていたわけではない。。。のかなぁ。

思うに。これが”集団のチカラ”なのかなぁ。と。

何かをただ一生懸命やっているだけ。
彼らは”なにか”をやらなければならない状況に立たされているのではないだろうか?
その状況に立たせているのが”集団のチカラ”なのではないだろうか?

確信もない、根拠もない。でもそんなふうに考えるぐらいしか仮説の立てようがない。

うーん。。。

その日、えどっ子のあと発見きちにお邪魔しました。
P5210128.jpg

小学生ぐらいの子達かな。七輪で火遊び。
管理者を上手くなだめて、七輪の上に半分に割った丸太を置いて
”燃やす”というよりは”七輪の蓋代わり”に使いながら丸太を焼いている感じ。
その子は何か思うところがあってやっている様子で、中々興味深い光景でした。
その後、葉っぱを燃やす際に七輪の周りが葉っぱだらけになっても
全く警戒心がなかったのがもう我慢できなくなってしまって
「お前ら雑だなぁ。」
「だんだん腹立ってきたぞ。」
とか言いながら、葉っぱを足でどかしてしまいました。
その後、「雑なこと~」とか言いながら葉っぱをばら撒いているのを見て
ちょっとむかつきながら「よし、よし。」と思っていたのですが。
仕事の関係で早退してしまい、緊張感だけ作って退散してしまったので
申し訳なかったかなぁ。とちょっと心配しています。

でもあれこそがやりたい事をやっている子どもの姿だろうと思うのです。
彼は見ていた限り、その七輪からは全く離れませんでした。
慕ってくる小さな子どもに、自分が何をしているか説明していました。
そして大人の意見には一切うなずきませんでした。(苦笑)

単に年齢だけの差ではないものがあるのではないかと思っています。

子ども達が何をやるにしても
”やりたい”のアンテナと”やりたくない”のアンテナを鈍らせてはいけない。
これはきっと命に関わることです。
”集団のチカラ”はこのアンテナを鈍らせる力があると思っています。
P9210064.jpg

人間はこの”集団のチカラ”を使って繁栄を築いています。
”集団のチカラ”を無視して生きていくことは困難な事だと思います。(私にはムリ)
でも、そのチカラの弊害もよくよく認識しなくては。
あんな大きな力に弊害がない。と考える方が異常です。
オゾンホールだって個人で穴を開けたわけじゃないし、
個人で穴をふさぐなんて出来ないのですから。
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テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

良いモノは見つからない。(見つけないほうが良い?)

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「良いもの。良い事。」又は「正しいもの。正しい事」
というのはほんっとにみつからないなぁ。と思っています。
「悪いもの。悪い事。」
というのはいつも瞬時に見分けがつくのですけれどね。

何故「良い。正しい」は見つからないのかなぁ。
と考えていましたら。。。

「あ。良い!や正しい!という事はいっぱいあるんだ。」
と閃いてしまいました。
なぜか?
「だって悪いこと以外は全て良いことでしょ?!」
・・・・・・・・・・・・
でも、世の中そんな単純じゃないですよねぇ~。
”良い”と”悪い”の間にはなんかグレーゾーンがありますよね。

私は、出来れば”良い”は一つに絞りたい。
”一番良い”を見つけたいと思うほうです。
すると、どれが”良い”か分らなくなるんですね。取り捨て出来なくて。

「でもまぁそれぐらいのほうがいいか。」と思うようになりました。

不思議な事に一番の”良い”が見つかったら
その他の全てのものが”悪い”になるんです。
こっちはグレーゾーンが無い気がします。

人生の道が一本道で、先に越えられない壁があったとき
その人は一体どのような選択をするのでしょう?
まったく良いイメージが浮かびません。

子どもたちは”良い”、”悪い”の区別が私達より上手く出来ません。
それは私達より経験値が低いからでしょうね。
”良い”を絞り込んだらそれはすなわち生きる道を減らす事で
”悪い”を減らせばそれは生きる道を増やす事だと思っています。

だったら!私は”悪い”を減らしたい。

これは私が自主保育を選択している大きな理由のひとつです。

そしてこれは「子どもに教えられたなぁ。」とも思いました。
私自身も生きる道の中で出来るだけ”悪い”を減らしておきたいぐらいですから。

ただ。。。”悪い”がなくなる事は無いですね。”良い”もなくなってしまうものね。
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テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

ココロのお父さん

7月でえどっ子も一区切り。夏休みに突入しました。
皆さんは、どのように過ごされているのでしょうか?
ひましてたらみんなで遊びたいですねぇ。

2010年になって、随分とえどっ子にも変化が訪れました。
そんな中で、活動日記だけでは伝えられない事を
如何に伝えたら良いか?

どうやったら、私が感じてきた事を皆さんと一緒に考えることが出来るのか?
そんな事を考えていたら、活動日記がおろそかになってきました。

そんなわけで夏休みを利用して、いくつか気がついた事を
記事にしてみたいと思います。
不定期な更新になりますが、興味が続くようでしたらご覧になってみてください。


今回は、ここ数日考えている事を書いてみます。

「ココロのお父さん」
ここ最近は、「イクメン」とか「パパ育」とかで、何かとお父さんの育児参加が取りざたされていますね。
その内容は、「お父さんがお母さんのお仕事を肩代わりする。」事のようなのですが。。。

私は元々、「お父さんにはお父さんの役割がある。」と考えていて
上記の育児参加は家庭円満のために”必要なこと”で
子どものために”必要なことではない”と思っています。

それでも、子育てに参加できるお父さんは、ぜひ参加してみてほしいです。
他でこれほどの楽しみを見出せることもそんなにないのではないかと思います。

ただ、実際の所、お仕事が忙しいお父さんは相当多いのではないでしょうか?
お子さんがお父さんの顔を忘れてしまいました。なんて話も聞いた事があります。

先日、子供たちと水遊びをしにいった際に2つの出来事に出会いました。
一つは他所のお父さんが、悪さをしている子どもに怒ったこと。
もう一つは、怒られた子どもはニヤニヤしていたこと。

お父さんの件です。サックリ言います。
「この子どもの親は誰だ!?」
と言って怒っていました。
この発言は。。。。あまりにも!かっこ悪いですね!!!
少なくとも私にはそう映りました。

子どもの件です。
お父さんの怒りの力は、他所から見ていた私にも伝わるほどの力が
あったのですが、そんなのを見てもニヤニヤ。知らん顔。自分の事ではないような振る舞い。
「絶対!!大人をナメてます。」
ちなみにその子のお母さん達、知らん顔をしていたのか?おしゃべりをしていたのか?
様子を伺っていたのか?良く分りませんが、名乗り出てはきませんでした。

子どもに舐められたおとうさん。これからどうやって育児をしていくのでしょうか?
子どもの言いなり??
大人をナメた子どもたち。
この子達が本当に困ったとき、この子達は誰に助けを求めることが出来るのでしょうか?

そんな事を考えていたときに浮かんだことが、
「子どもの中に”お父さん”を植えつけなくてはならないのではないか。」
そして、植えつけるとしたらいつ?
小学生に植え付けることはとても大変そうだからそれより前?!
3歳から5歳ぐらいではないだろうか?

”大人”ってどういう人だろうか?お父さんって?。お母さんって?。
甘えながら、悪い事をしながら、子どもたちはいつも考えている気がします。

子どもの中で作られる”お父さん像”、”お母さん像”
子どもと一緒にいる時間の多いお母さんはともかくとして、
子どもと一緒にいる時間が少ないお父さんが、どうやって子どもにお父さん像を植え付けるのか?

きっと、お母さんが子供たちにお父さん像を植えつけることができるのでしょうね。
お父さん像が子どもの中にお父さん像がちゃんとあれば実際にいなくても
子供たちを戒めてくれると思うのですけれどね。。。
是非、お母さんが子どもを操縦しやすくなるお父さん像を植えつけてほしいなぁ。
と思いました。

ちなみにうちはお父さんが長い時間、子どもと関わっていますので、私の姿が
”お父さん像”でしょうね。お母さんは都合のいいお父さんを作れないので
ひょっとすると不満かもしれませんね。

次回は、もう片方。お父さんの話をしたいと思います。

テーマ : パパの育児
ジャンル : 育児

プロフィール

edohiro

Author:edohiro
東京・江戸川区で2008年1月より自主保育活動を始めた「えどっ子」の活動ブログです!
幼稚園や保育園以外のもう一つの選択枝「自主保育」。子どもと一緒に成長したい、のんびり子育てしたい方、大歓迎♪
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